たかが時間の経過、カレンダーの数字の話と思われる方もいるでしょうね。
思いかえしてみると、「仕事が忙しい」とか、「わざわざ言わなくてもわかるだろう」とか、…そんな色んな言い訳をして過ぎていく我々であります。
しかし、この節目を軽んじるというのは、相手そのものを軽く見ているということと同じではないでしょうか。
人間は”慣れる生きもの”だと言われます。
夏の暑い日に、一杯目のビールを最高においしいと感じる。それが、二杯目、三杯目と進むうちに、その満足感が減っていくというご経験、お酒を飲まれる方なら感じたことがあるでしょう。
経済学の原則で「限界効用逓減の法則」というそうです。
このように、時間が経てば、当たり前に変わってしまう。この当たり前という、ある種、麻痺が一番怖い訳ですね。
記念日であるとか、法事であるとか、そのような節目といわれる行事は、その慣れ、当たり前という麻痺した我々の感覚をリセットするためにあると言えるんですね。
記念日ですと、お花を買って、お店を予約して、普段とは違う格好をして出かける。そして、普段言わないような感謝の言葉を口にする。
法事ですと、生花や供物をお供えして、お坊さんを呼んで、普段とは違うご供養をする。
このわざわざというひと手間が、その相手・対象に対する敬意の示し方であるんですね。
記念日や法事は、ただ過去を振り返るということではなく、原点に立ち返る、思いを馳せることで、明日からまた新しく進んでいく。「更新手続き」のようなものだと受け取っていただきたいですね。
決して、費用を掛けて豪華なものを準備するとかではなく、相手の事を大切に考える、その時間と記憶が大事なんだと思います。
植物も節があることでより強く成長するように、物事の節目、大事にしたいものです。